今更の恩返し Returning the favor in this time

二月下旬のことです。母が椅子から落ちて、自力では起き上がれないでいるのを妻が見つけました。痛がるので念のためかかりつけの医師に診察してもらったところ骨に異常はないとのこと。ただ、入浴が困難になり介護支援を受けるためケアマネージャーに相談し、週二回のディサービスを受けることになりました。
　やれやれと一息ついたのですが、サッパリして元気になるかと思われた入浴のあと母はグッタリするのです。また、母の体力は日を追うごとに衰えました。そこで拠点病院の診察を受けたところ、脳梗塞が起きていることが分かり、入院して治療を受けることになりました。
　コロナで面会がほとんどできないまま、一ヶ月半ほどで四月の中旬に退院することができました。ただ、市役所から届いたのは要介護５の認定。自力での日常生活が困難になりました。
　左手は使えるので、時間はかかりますが自分で食事が取れることは不幸中の幸いです。最初のうちは食事以外は寝てばかりで呆れるほどでしたが、一ヶ月あまりたった現在では、大好きな大河ドラマを見たり、ベッドを起こして、左手だけで新聞や本をめくって読書をしたりできるほどに回復しました。
　家族の協力や公的支援を得て何とか自宅で、療養を続けたいと思っています。皆様には、なにかとご迷惑をかけるかと思いますが、ご理解とご協力をお願い致します。

　ところで住職は六時半頃に本堂でお勤めをします。正直に白状すると、お経やお念仏を称えながらさまざまな雑念がわきます。
　「介護で腰を痛めたらどうしよう。留守番がいなくなると気分転換のドライブやウォーキングもできない。庭仕事や買い物にも制約が出るなあ。」などと、お勤めをしながら、さまざまな懸念や不安が頭をよぎります。
　この時、あることに気づきました。母は私が幼い頃、自分の都合をさておいてでも、私を育ててくれたに違いないと。若かった母もきっと自分のやりたいことがあったはずです。子育てのために諦めたことがあったかも知れません。だったら、「おあいこ」。今、自分はそのお返しをしているだけ。そう思ったとたん気分が楽になりました。
　そんなことを考えながら、ふと須弥壇(しゅみだん)の方に目をやると、阿弥陀様が私に向かってにっこりと微笑んでいました。
　背中の方から差し込む障子越しの明かりのせいでそう見えただけなのかも知れません。でも、お勤めをしていると折に触れて、さまざまなことに気づかせていただけます。本当にありがたいことです。

合掌